昭和歌謡と平成女

平成女の、平成女による、平成女のためのブログ

平成女は知っていた。
現実とは違う世界に幻想を抱くことで
自身が現実から目を背けているだけだということを。

それは以前、
日本という国に嫌気がさした気がしていたが
一度北米での生活が始まると日本が恋しくなった経験からも歴然だ。

今は無謀にも海の向こう側ではなく
昭和という手を伸ばしても届かない所に
心の拠り所を求めている。

夏目漱石の「こころ」のなかの言葉はよく出来たもので、本当に「精神的に向上心のない者はバカ」なんだろう。
また同じ事の繰り返しをしている気がして虚しくなるのにやめられないのはきっと弱さ。

決して精神的に参ってしまっているわけではなく、
ただそういったことを論理的に考えてしまう性。
平成男にウケないわけだ。


さて、ここで断っておきたいのはこのブログでいう昭和歌謡は発売年に基づいた表記ではないということ。
あいにく、この私にそれほどのこだわりがない。
そのため、昭和を生きてきた人が、青春を、時代を映していると感じるであろう曲のすべてを昭和歌謡と呼び、文章を進める。


話変わって昭和といえば、両親が生を受けた時代。
先日、家族でカラオケに行った際に母が中島みゆきの「糸」を歌った。
何気ない選曲ではあったが父と出会い、結ばれ、若くして私を産んだ母の歌はそれ以上に聴こえた。
「糸」という曲の中で男女はまだ糸同士だが、母はその未来まで知っている。
そんな大人の力強さをどこかから感じ、また恋人が夫婦となって築いた家族の歴史を物語る歌のようだった。


誰もが「既読」という文字におびえずに恋愛をしていた時代。
そんな時代に出会った二人が織りなす布に暖められた私。

当たり前のことが実は奇跡のようで、
この上ない幸せだと気付いた時、
私はもう父と出会ったころの母の年齢であった。

次の世代につながるころには平成も終わり、平成歌謡を愛する娘がBack Numberでも聴いて涙するのだろうか。

平成女。