少女A
「どこにでもいる少女A。」
とは誰のことか。
授業でみたMONA LISA Smileという映画の中に興味深いやり取りがあった。
どれだけ高学歴でも女性は結婚し、
家庭に入ることが当たり前で
一番の幸せだとまで思われていた時代に
それを疑わずに生きていた学生と
疑問を持っていた教授のやり取り。
英語での台詞でうろ覚えだが、「未来の学者たちが現代の私たちを科学する時、どのように表すだろうか。」というような言い回しで教授は生徒達の"正しいと信じられた価値観"に疑問を投げかけていたシーンがあったと記憶している。
現代に生きている私達は
未来の人たちから見てどう映るのだろうか。
"SNS栄え"が一番の地位確率方法のように無意識のうちに刷り込まれている現代の私たちミレニアルは"幸せの創造"に忙しい。
もちろん各々が幸せを感じることが出来ているなら否定はしない。
可愛い物やお洒落な食べ物に囲まれた生活を共有する事で他人も幸せな気分になる事さえあるかもしれない。
しかし、多数派になる事があたかも幸せかのような、SNS栄えしないということが幸せではない事の象徴になるような、
そういった価値観の強要は虚しすぎる。
こういった考え方をするから
私はいつになっても浮いてしまうのだろう。
でも、平均女にはなりたくない。
どこにでもいる少女Aには。
そんな思いが今日も私をお硬く
めんどくさい女にしても。
平成女。